
やぶきたは、現在日本で最も多く栽培されているお茶の品種です。
普段何気なく飲んでいる煎茶も、その多くがやぶきたから作られています。
この記事では、日本の緑茶のスタンダードともいえるやぶきたの歴史や、多くの人に愛される味と香りの特徴、そしてなぜここまで普及したのかという理由について、初心者にも分かりやすく解説します。
目次
やぶきたとは日本で最も飲まれているお茶の品種のこと
やぶきたは、日本国内で栽培されているお茶の品種の中で最も高い割合を占めています。
その作付面積は全体の約75%にも達し、まさに日本茶の代表格といえる存在です。
スーパーやコンビニで販売されているペットボトル飲料やティーバッグのお茶も、多くはやぶきたを原料としています。
そのため、多くの日本人にとって「緑茶の味」として慣れ親しんだ味わいは、このやぶきたの味である可能性が高いです。
「やぶきた」の歴史と名前の由来
日本茶の代名詞であるやぶきたは、一人の農家の手によって偶然発見された一本の木からその歴史が始まりました。
20世紀初頭に静岡県で生まれたこの品種は、その優れた性質から徐々に評価を高め、長い年月をかけて全国へと広まっていきました。
ここでは、やぶきたというユニークな名前の由来と、その誕生から普及に至るまでの歴史的背景を紐解いていきます。
名前の由来は「竹藪の北側」にあったから
「やぶきた」という特徴的な名前は、その苗が発見された場所に由来しています。
開発者である杉山彦三郎氏が、自身の管理する茶園の中で特に優れた苗木を探していた際、目当ての木が生えていたのが竹やぶを開墾した茶畑の北側の場所でした。
この「竹藪の北側」という地理的な目印から、「やぶきた」と名付けられたのです。
もしこの木が南側に生えていれば「やぶみなみ」と呼ばれていたかもしれません。
単純明快でありながら、その後の日本の茶業の歴史を大きく変えることになる品種の始まりを示す、印象的なエピソードです。
静岡の茶農家・杉山彦三郎氏によって生み出された
やぶきたの歴史は、1908年(明治41年)に静岡県の茶農家、杉山彦三郎氏によって始まりました。彼は自身の茶園にあった在来種の中から、特に優れた芽を持つ一本を選び出し、それを原木として育成を始めました。これが後の「やぶきた」となります。
彼はこの他にも「やぶみなみ」という品種も選抜しましたが、比較栽培の結果、品質や栽培のしやすさで勝っていた「やぶきた」が有望と判断されました。その後、研究機関での評価を経て、1953年(昭和28年)に農林水産省(旧農林省)の登録品種となり、1955年(昭和30年)には静岡県の奨励品種として正式に登録され、全国へと普及していくことになります。
元になった母樹は静岡県の天然記念物に指定されている
杉山彦三郎氏が1908年に選抜した、すべての「やぶきた」の元となった最初の木(母樹)は、今もなお静岡市葵区の彼の生家の跡地に存在しています。
この母樹は樹齢100年を超えており、日本の茶業の発展に大きく貢献したその歴史的な価値から、1965年に静岡県の天然記念物に指定されました。
現在も大切に保護・管理されており、日本の緑茶の歴史を物語る生き証人として、その姿を見ることができます。
この一本の木から挿し木によって増やされ、全国の茶畑に広まっていったことを考えると、その存在の大きさがうかがえます。
やぶきたの味と香りが持つ特徴
やぶきたがこれほどまでに広く受け入れられている背景には、そのバランスの取れた優れた味と香りの特徴があります。
多くの人が緑茶と聞いて思い浮かべるであろう、心地よい渋みとしっかりとした旨味、そして清涼感のある爽やかな香りは、やぶきたならではのものです。
ここでは、その味わいと香りの具体的な特徴について詳しく見ていきます。

上品な渋みと豊かな旨味のバランスが取れた味わい
やぶきたの味の最大の特徴は、うま味成分であるテアニンと、渋み成分であるカテキンが非常にバランス良く含まれている点にあります。
口に含むと、まずしっかりとした豊かな旨味が広がり、その後に上品で爽やかな渋みが追いかけてきます。
この調和の取れた味わいは、飲みごたえがありながらも後味はすっきりとしており、多くの人に好まれる要因となっています。
この絶妙なバランスこそが、「日本茶の王道」と評される所以であり、お茶請けや食事など、どんなシーンにも合わせやすい普遍的な美味しさを生み出しているのです。
フレッシュで清涼感のある爽やかな香り
やぶきたのもう一つの特徴として、その爽やかな香りが挙げられます。この香りは、強すぎず上品で、まるで新緑の茶畑にいるかのようなフレッシュさと清涼感を感じさせます。やぶきたは、艶やかで深みのある色彩と、厚みのある爽快な香りを持ち、すっきりと爽やかな香りとも表現されます。
この清々しい香りは、味の旨味や渋みと相まって、お茶全体の印象を引き締め、飲む人にリラックス効果をもたらします。突出した個性を持つ香りではありませんが、その穏やかで心地よい香りは飽きが来ず、日常的に飲むお茶として多くの人に親しまれています。この普遍的な香りの良さも、やぶきたが広く愛される理由の一つです。
やぶきたが日本茶のスタンダードになった3つの理由
やぶきたの美味しさはもちろんですが、それだけで全国の茶畑の約75%を占めるほどの普及は成し遂げられません。
やぶきたが日本茶のスタンダードとなり得た背景には、消費者側の理由だけでなく、生産者側にとっても大きなメリットとなる優れた特徴がありました。
ここでは、その理由を3つの側面から解説します。
理由1:高品質で安定した味わいを保ちやすい
やぶきたが普及した大きな理由の一つに、品質の安定性が挙げられます。
この品種は樹勢が強く、日本の様々な気候風土に適応する能力が高いという特徴を持っています。
そのため、北海道と沖縄を除くほとんどの地域で栽培が可能であり、どこで育てても品質のばらつきが少なく、一定水準以上の高品質な茶葉を生産しやすいのです。
この安定性は、生産者にとっては計画的な生産を可能にし、消費者にとってはいつでも美味しいお茶が手に入るという安心感につながります。
この信頼性の高さが、全国的な普及を後押ししました。
理由2:寒さに強く病気にもなりにくく育てやすい
生産者にとって、栽培のしやすさは品種選定の重要な要素です。やぶきたは、特に耐寒性に優れているという大きな特徴があります。 春先の遅霜は茶葉に大きな被害をもたらしますが、やぶきたは霜に強いため、山間部などの冷涼な地域でも比較的安心して栽培できます。
やぶきたは炭疽病や輪斑病、網もち病には弱く、適切な防除が必要な品種とされています。 しかし、根付きが良く、回復力が強いため、栽培管理が比較的容易であるという利点があります。 このような育てやすさと安定した収穫が見込める点が、多くの生産者に選ばれる理由となりました。
理由3:たくさんの茶葉を収穫でき生産効率が良い
収穫量の多さも、やぶきたが広く普及した決定的な理由です。
やぶきたは樹勢が旺盛で生育が良いため、一度にたくさんの茶葉を収穫することが可能です。
これは生産者にとって、少ない面積で多くの収益を上げられることを意味し、経営の安定に直結します。
高品質でありながら収量性も高いという、生産効率の良さを兼ね備えていたことが、他の品種に対する大きなアドバンテージとなりました。
味の良さに加え、こうした経済的なメリットがあったからこそ、やぶきたは日本中の茶畑に広がっていったのです。
まとめ
やぶきたは、静岡県の農家によって発見された一本の木から始まり、そのバランスの取れた味わいと栽培のしやすさから、日本茶の代表的な品種となりました。
現在、日本で生産されるお茶の多くがこの品種です。
やぶきたの味を基準として知ることで、それ以外の個性的な品種、例えば濃厚な旨味を持つ「さえみどり」や、独特の香りを持つ「おくみどり」などの特徴がより明確に感じられるようになります。
また、同じやぶきたでも、宇治や静岡、鹿児島といった産地の違いによって風味が変わるため、その違いを飲み比べてみるのも一興です。







